1. 710年 平城京に遷都する
律令国家としての形が整ってきた日本は、国の威信をかけて、奈良に巨大な都を作りました。
時の元明天皇は、当時の世界最先端だった唐(中国)の都・長安をモデルに、平城京を建設。 道路は碁盤の目のように整備され、中央には幅約74メートルもの朱雀大路(すざくおおじ)が通る、国際色豊かな大都市が誕生しました。
ここから794年に平安京に移るまでの約80年間を「奈良時代」と呼びます。
記憶定着のポイント
碁盤の目状に区画整理された唐の都の長安をモデルに作られた、という知識を語呂合わせで覚えてしまいましょう。当時の中国の人が平城京を訪れたとき、「なんと!長安を真似してるじゃないか!」と驚いた、そんなストーリーを思い浮かべてくださいね。
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2. 743年 墾田永年私財法の制定
奈良時代、人口が増えて食料(米)が足りなくなりました。
政府は「新しい田んぼを作って!」と呼びかけましたが、重税や「耕しても死んだら国のもの」というルールのせいで、農民のやる気はゼロでした。 少し前の「三世一身の法(3世代限定)」も効果がありません。
そこで聖武天皇は、ついに「新しく耕した土地は、永久にあなたのもの(私有地)にして良い」という墾田永年私財法を出しました。
これにより、農民のやる気は出ましたが、お金持ちの貴族や寺院が農民を使って大規模な開墾を行い、自分たちの私有地(荘園)を爆発的に増やしてしまいました。
記憶定着のポイント
これまで期限つきだった土地の私有が、墾田永年私財法で制限なしになります。開墾した人の気持ちになり、「制限なしさ(743)」と自慢げに口にしてみましょう。一方で実際に作業は行わなかったでしょうが、私有地を増やした貴族や僧侶のこともイメージに含めましょう。
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3. 752年 東大寺の大仏開眼供養
聖武天皇の命令から約9年。ついに奈良の東大寺に巨大な盧舎那仏(るしゃなぶつ=大仏)が完成しました。
752年、仕上げとして大仏に「魂」を入れる儀式、開眼供養が盛大に行われました。
この儀式で筆を持って目を入れたのは、はるばるインドからやってきた僧・菩提僊那(ぼだいせんな)です。会場には中国や朝鮮半島からの使いも集まり、音楽や舞が披露されるなど、まさにシルクロードの終着点にふさわしい、国際的な大イベントでした。
(※大仏作りを支えた行基は、完成を見届ける直前に亡くなっています。)
記憶定着のポイント
奈良の大仏は約15メートルもの高さがあります。作成を命じた聖武天皇も、尽力した行基も初めて見たときは「ななっ!ごっつい大仏!」と驚いたかもしれません。
※解説にも記載しましたが、行基が実際に大仏を見ることはありませんでした。行基のイメージとインパクトを伝えるためにイラストにも含めています。天から見ていたら「ななっ!ごっつい!」と言ったでしょう。
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4. 753年 鑑真来日
当時、日本には「正式な僧侶になるための儀式(授戒)」を行える資格者がいませんでした。 そのため、唐の高僧・鑑真に来日をお願いしました。
鑑真は「仏法のためなら」と快諾しましたが、当時の航海は命がけ。 密航の失敗や遭難を繰り返し、5回の失敗。その過酷な旅の途中で、鑑真は失明してしまいました。 それでもあきらめず、6回目の挑戦でついに来日(753年)。 平城京に迎えられ、聖武上皇らに戒律を授け、唐招提寺を建立しました。
記憶定着のポイント
正しい仏教を教える先生として招かれたのが鑑真です。正しい仏教で心の和み(753)をもたらしてくれた、とイメージしましょう。
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